『備忘録』だとか、『日記』だとか。

日々のあれこれを記録する自己満足日記帳

『モノ』とか、『作る人』とか。

最近セブンの冷凍餃子にハマっている。量が割と少な目なのがむしろ有難い。何より安い。サラダを一緒に買ってもほどほどの値段なので健康にも気を使える優れものだ。

 

この週末、自宅のテレビ周りの簡単なリフォームを行った。

少し前、縁あって人様からNintendo Switchを頂いた。少し遅い誕生日プレゼントということらしく、本当にありがたいことである。社会人のボーナスさまさまである。

これで我が家にはPS4、友人のお下がりのPS3、switchが揃ったことになる。PS2wiiで時代の止まっていた実家での生活を思えば、すさまじい発展具合だ。

ちなみにPS4と3に互換性はなく、3ではPS1や2のソフトなどもプレイできるためなにかと便利なのである。nasneというテレビチューナー経由でテレビも観れるし、CD再生機能までついているのだから至れり尽くせりである。

今回テレビ周辺機器が増えるということで、コードの接続関係をより便利にするために、Amazonでテレビ台を購入した。今までは質素に引越しの時のダンボールをテレビ台代わりにしていたのだが、あまりにみすぼらしいのでいつかどうにかしなければと思っていた。そう考えると、やっとの購入と言っても過言ではない。

組み立ては少し面倒だったが、幸い一人でもできる範囲の内容だったので、一時間弱かけてなんとかかんとか組み上げた。不器用な私でも作れるほど説明書が丁寧でありがたかった。

作業をしながら、こんな台だって最初から組み上がっているものではないのだと、そんな当たり前のことを改めて思う。思えば、私の住んでいるこのアパートだって、普段通っている大学の校舎だって、新宿のビル群だって、或いはそのなかの内装だって、初めからそうやって存在している訳ではない。誰かが頭を捻って設計して、汗水垂らして組み上げて、初めて出来上がるものだ。あまりにも当然のようにその存在を享受してきたから、意外とその事実を意識してこなかったような気がする。

私の雑な作業でも綺麗に組み上がったその台を見て、モノを作る方々への敬意を新たにする。彼ら存在があってこそ、私たちのこの生活は成り立つ。その事実を、意識することを忘れてはならないだろう。

 

さて、七月も今まで通り、今まで以上に励んでいこう。

 

2019.07.01 都内某所にて