『備忘録』だとか、『日記』だとか。

日々のあれこれを記録する自己満足日記帳

『影響』とか、『切磋琢磨』とか。

少しずつ夏休みの間の予定が埋まり始め、とうとう夏が来たんだなと実感する。あとは梅雨が明けて気持ちの良い青空が顔を覗かせてくれれば完璧なのだが、どうやら調べた感じ、梅雨明けまではもうしばらくはかかるようだ。気温が高くないのは幸いだが、一方でカラッとした晴空を期待せずにもいられない。

蝉の声が、今は待ち遠しい。

 

最近、周囲で少しずつブログを日記感覚でつける友人が増えてきた。

自分の生活を省察的に振り返るもの、もっと簡潔にライフログ感覚で記録するもの。人によってブログの内容もいろいろで、読んでいて面白いし参考にもなる。

自惚れかもしれないけれど、友人たちがブログを始めたのはこのブログの影響も少なくはないのかもしれないと、そんなことも思う。記事の中身は本当に薬にも毒にも下らないものばかりだけれど、「私がブログを書いている」というその事実が何かに少しでも影響を与えているというなら、こんなに嬉しいことはない。最近は隔日投稿になってしまっているとは言え、執筆のモチベーションも高まるというものだ。

人からどんどん良い所を吸収できる人間というのは、確かに存在し、そして強かだ。

私の人生にも、何度かそういう類の人間と接点を持つ機会があった。そしてその度に、唸らされたものである。

人のやっている良い習慣を即座に自分の生活に取り入れたり、人から勧められた今まで読んだことのないタイプの本を即座に買ってきて読んだり。そういった行為は、簡単なようで実は意外と億劫だったりする。参考にしようとは思っても、要は今までの自分の生き方、やり方と違ったことを始める訳だから、そこには多少なりともエネルギーを要する。私は特に面倒臭がりなタチだから、余計にそういった行為に対するハードルは高く感じてしまう。

自分が“いいな“とか”参考になるな“と感じた行為に対する瞬発力が異様に高い人間は、絶対に強い。自分にプラスになること、益になることに対し、ある種貪欲に向かっていけるというのは立派な才能だと思う。私はそんな彼らを、いつか自分もそういうふうに変わっていければいいなと、そんな敬意と畏怖を持って遠くから眺めているのである。

友人たちのブログを眺める。彼らのブログは、デザインが一工夫されていたり、ブログの各機能を遺憾なく使いこなしていたり、既に私より二歩三歩先を行くような内容のものばかりだ。自分の不器用さに泣けてくる。

けれど、互いを参考に、高め合える関係というのは悪くない。

誰だって自分なりに頑張っている。目に見える頑張りだけが評価されるなんてことは決してないし、むしろ私は見えない努力こそ賞賛されるべきものだと考えている。

けれど、その中で私のこの備忘録は、人の目につくようなコンテンツで、それを評価してくれるような友人、似たような形で共に頑張ろうとする友人にも恵まれた。

 

ならばその事実に感謝して、今日も明日も、自分のために文字を綴っていこう。

 

2019.07.05 都内某所にて