『備忘録』だとか、『日記』だとか。

日々のあれこれを記録する自己満足日記帳

『生活』とか、『暮らし』とか。

まだ五月なんだから、もっと涼しくてもいいのよ令和ちゃん。

 

今日は久しぶりに一日何もない純然たる休日だったので、グダグダと英気を養った後、普段なかなか出来ないプチ大掃除を決行した。

まずは洗濯。これは朝のうちに洗濯機を回しておかないと夜までに洗濯物が乾かないので最優先。梅雨に入ったらまた乾燥機のために近所のコインランドリーに通う日々が始まるのだろうか。考えるだけで少し気が重くなる。梅雨も雨も嫌いではないが、面倒なものは面倒だ。

洗濯物を干し終わったら、少し休んで今度は昼食ついでに買い出し。最近家に食べるものがないという事態が頻発していたので少し多めに食品を買い込み、更に午後の片付け用にきれていた掃除用品等を買い足す。ブルーレットとかほんと気がついたらなくなってるけど買い換えるのなかなか面倒だよね。

昼食をすませ家に帰ると、まずはシンクに溜まっていた食器を一気に洗って片付け、カゴに伏せて水を切る。コップは一人暮らしの家にしてはたくさんある方だとは思うが、二、三日洗い物を溜めることもざらだし、自分とは別に友人が使う分などもあるからすぐ数が足りなくなる。当たり前の話だが、これもこまめに洗っておかねばならない。

洗い物が終わったら、今度は部屋の清掃。クイックルワイパーと掃除機で主に床を重点的に掃除していく。一人暮らしを始めて改めて感じたことだが、人間本当にびっくりするくらい毛が抜ける。前にバイトで働いていた飲食店で、人間の髪は一日に100本以上抜けるのだから髪の扱いには特に注意しろと口をすっぱくして言われていたが、それだけの毛が毎日毎日部屋の中に散っているのだ。いくら掃除してもしたりないくらいである。

片付けついでに、部屋の隅に溜めていたダンボールをバラして紐で縛る。二週間に一度しかない回収日を嫌って放置していたものだが、さすがにまとめて捨ててしまおう。Amazonを始めとした通販サービスを利用する度に増えるのだ。捨てれるときに捨てておかねばいくらでも溜まっていく。

さて、最後は本命の風呂とトイレのお掃除。どちらも普段から多少の手入れはしているつもりだが、やはり見えないところにどんどん汚れは溜まっていくもの。たまにはきちんと時間をかけて隅々まで掃除しておかねばなるまい。掃除を始めると、まあ汚れが出てくる出てくる。忙しかったとはいえ、よくもまあこんなのを放置して今日まで生きていたもんだ。

人間も生物である以上、排泄と老廃を繰り返す汚いものであり、どんなに崇高な人生観を持っていても、ミクロな部分ではみな変わらない生き物としての営みの上に生きている。

食事は取るし、排泄はするし、汗はかくし、毛も抜け放題。そういった一つ一つのことをなおざりにしていては、人は生きていけない。身の回りのことは全て使用人に任せているようなよっぽどのお金持ちなら話は別かもしれないが、基本的にはどんな人間も、そういった自分のヒトとしての機能と向き合って生きている。

生きるというのは、たくさんの面倒と隣り合わせの七面倒くさい行為だ。

ならばせめて、その面倒を、少しだけ楽しんで生きていこう。

 

面倒で面倒で、どこか愛おしい。人の営みなんて、きっとそんなものだ。

 

2019.05.25ちょっと過ぎ 都内某所にて